フリーペーパーの原稿執筆を編集プロダクション経由で請けていた。ところが、版元(フリーペーパー発行会社)が破産して、ある日突然、シャッターが閉まった。編集プロダクションは長期でその版元から仕事を請けていたので、多額の債務が発生した。
編集プロダクションが破産したわけではないので、私たちのような立場の人間に対する支払い義務は当然あるのだが、「もうどうしようもない、お金がどうしても払えない」と言われ、取材にかかった経費は分割払いで、原稿料は編集プロダクションの社長がかき集めたお金で、3割ぐらいを半年後にいただいた。
この編集プロダクションとは、かねてからとてもいい取引の仕方をしていただいたので、報酬が安くてもずっと仕事を続けていた。こうなってみて、「今後のつき合いはしません」と言うこともできたが、とにかく毎月社長が電話をくれ、「今月はこれだけとにかく払わせてください」と、きちっとした対応をしてくれた。ほかのライターやほかの人たちにも同じような対応をしていたようだ。私は社長の誠実さに打たれた。今回は夫婦そろって、同じプロダクションからの仕事だったので、2人分の金額は大きかった。少々大変だったが、先方の社長も頑張っているし、今後もおつき合いを続けたいと思ったので、「うちはいくらでも構いません。いつでも構いません」と答えた。
裁判をすれば経費はもらえたとしても、それ以上の、社長がかき集めたお金は無理だったろう。この解決をしたことによって、より良い結果が出せた。今もおつき合いは続いている。
出版業界では、通常でも支払いが、発行月の翌月末であったり、回収のインターバルが長いことも多いです。
また、書籍などは部数が発行日ぎりぎりまで検討していることもあるので、契約書もなかなか出てこなかったりします。
出版社や編集プロダクションでの勤務経験がなくて、いきなりフリーランスで仕事を始めたりすると、商習慣がわからないことによって、トラブルに見舞われることが多いようです。
法律上のトラブルではあるけれども、発注者との人間的関係、ないしはその人の誠実さによって円満に解決した具体例。裁判による解決よりもはるかに得るものが大きかったと言えます。
以前は編集プロダクションや出版社を経て独立、というのが定石的なケースだったのが、インターネットの発達により、まったくその世界に関わることなくデビューしてしまう人が飛躍的に増えました。結果、確かに間口は広がりましたが、自分が身を置く業界について、最低限の知識を持たないで仕事を進めてしまったために、さまざまなトラブルに見舞われることも出て来てしまいました。そこで編集・執筆を請け負うTさん(38歳/女性)に出版業界の慣習とトラブル事例について伺ってみました。
A出版社の会長が気に入った洋書を翻訳して出版することを考え、知り合いの大学教授に若手研究者Bさんを紹介してもらい、翻訳を依頼しました。しかし、Bさんから上がって来た翻訳の原稿は、日本語としてとても読めるような仕上がりではなく、今後、出版社の編集部で大幅な手入れが必要とされるような状態でした。そのうちにA出版社の権力が会長から社長へ移り、それに伴い翻訳本の出版計画も中止となってしまいました。
中止とはいえBさんに翻訳をしてもらっていたので、A出版社の会長は、当初の予定より若干少なめの金額を支払うように提案したところ、Bさんは納得せず、本を出すように要求しました。
結局、出版はしないまま、当初の予定全額をBさんに支払うことになったのです。BさんはA出版社に対し誠意がないと言い、A出版社はとても出版できるような状態ではない原稿に全額支払うことになってしまい、お互いに後味の悪い結末になってしまいました。発注元の社内の都合で仕事が立ち消えになった事例。常にリスク管理を心がけましょう。
責了まで進んだ段階で、「買い取らないと本が出せない」と言って筆者に買い取りを迫るケースがあります。筆者は、せっかく責了までいったのだから本を出したいと思い、無謀な部数の本を買い取る契約にサインしてしまうこともあります。
筆者側が専門書というものがどういう状況にあるかわかっていなかったため、こうした出版話にのってしまった例です。必ずしも出版社側の言うがままに買い取らなければ出版できないわけではありません。たとえば、「それならば出さなくてもいい」と突っぱねてみるのもいいかもしれません。また、出版は自分の実績にもなるので、買い取りを了承するにしても、買い取る部数を相談することもできます。
SOHO受発注トラブル事例集
第1章「自らの落ち度の度合いが高い場合」
第2章「先方の落ち度の度合いが高い場合」
第3章「自らの強みを単体で生かしている場合」
第4章「自らの強みをコラボレーションで生かしている場合」
付録「SOHO受発注トラブル事例集FAQ」
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